斉藤由貴,モルモン教の戒律は不倫をどう見るか?離婚できるのか

斉藤由貴さんが開業医と不倫関係なのではないかという報道があり、それについての会見もなされました。

バラエティ、ドラマ、CMと引っ張りだこだっただけに、「えっ、あの斉藤由貴が?まさかね」という方や、「不倫?またですか」と感じた方も少なくないでしょう。

特に斉藤由貴さんは「敬虔なモルモン教徒」と紹介されることも多いので、

  • 斉藤由貴さんの不倫はモルモン教の戒律でどうなのか
  • モルモン教の信者は離婚できるのか

と、外部の方から見ると不透明な部分が多いのが現状です。

では、それらをご一緒に調べていきましょう。

<スポンサーリンク>

不倫についてのモルモン教の戒律

モルモン教はキリスト教の一つですが、他のキリスト教に比べ戒律がかなり厳しいことで知られています。

今回はその中でも、斉藤由貴さんの騒動と関係のある「純潔の律法」について見ていきましょう。

名前からして大体想像が付きますね。

モルモン教ではかつては一夫多妻が認められていたそうですが、現在では一夫一婦制です。

さらに、結婚しているかどうかにかかわらず、結婚関係外のHな行為は禁止されています。

ということは、不倫関係はモルモン教としてはNGだということが分かります。

斉藤由貴さんは会見の中で、手を繋いだことは認めたものの、男女の関係ではないと主張しています。

では、肉体的な関係のない、いわゆるプラトニックなものであればいいのでしょうか?

ここで考えなければならないのは、宗教的な戒律は道路交通法のような普通の法律とは違うということです。

どういうことかというと、例えば道路交通法では速度制限や一時停止など、行動が明確に規定されていますね。

なされた”行為”に対しての処分ということになります。

どういう動機でそれを行ったかということには触れていないということです。

「あなたは新しいスポーツカーで首都高をかっ飛ばしたいと思いアクセル全開で加速しましたが、途中で思いとどまり違反には至りませんでした。しかし、心の中では、”200km/hまで出してみよう”という気持ちがありましたね!よって今回は未遂とは言え、すでに心の中では違反したも同然の状態でしたから、罰金と減点です。」

などと道路交通法は裁きませんよね^^;

 

でも、こと宗教に関しては事情が違います。

 

それぞれの宗教、宗派によって違いはありますが、特にキリスト教の場合は、「神とその人との関係」が重要になってきます。

 

たとえ、プラトニックな関係だったとしても、結婚しているのであればそれはすでに心の中で結婚関係に反している訳です。

神が作った「結婚という取り決め」に対する冒とく、違反になりますよね。

斉藤由貴さんは、”階段でちょっとよろけた時、手が差し伸べられたのでサッと掴んでしまった”ということを言っていましたが、神様はその人の心の状態を見ることができるとすれば、彼女の心が一体どこにあるのかはすでに明白ということです。

いわゆる「一線を越えているか」どうかの問題ではなく、心の中で「純潔の律法」を尊守しているかどうか、そうやって神の取り決めに敬意を抱いているかが重要になってきます。

モルモン教の場合、戒律に対する違反は”破門”という処分もあるそうです。

斉藤由貴さんの場合、今回で3度目の不倫会見となります。

過去2回に関しては”破門”されていませんから、不倫=即破門という訳ではないのでしょう。

ですが、あまりにも大々的になると、モルモン教として他の信者の手前、さらには神との関係があるでしょうから見過ごすわけにはいかなくなるかもしれませんね。

<本文↓↓↓下に続く>
<スポンサーリンク>

モルモン教徒は離婚できるのか

では、モルモン教徒は離婚できるのでしょうか?

結論からするとできるようです。

モルモン教のサイトを見ると、「調査により明らかになったモルモン教における離婚」という記事がありました。

その中を見ると、

bandicam 2017-08-07 00-32-39-110

※https://morumon.comより引用

とありますので、モルモン教の信者の家族でも離婚があり、それでも破門されることなくモルモン教に留まっていることが分かります。

望ましことではありませんが、離婚=破門というわけではないようです。

斉藤由貴さんのご主人はモルモン教の中でも重要なポストに付いているという情報もありますが、仮にお二人が離婚しても破門とはならないかもしれません。

ですが、ご主人のモルモン教内での立場はあまりよくはないでしょうね。

まとめ

  • モルモン教では「純潔の教え」により、不倫はNG
  • 離婚そのものは破門とはならないらしい

本来であれば、宗教を実践しているということはそれだけ他の人よりも道徳的に模範的な状態を保っているべきではないか、そうでなければそれは神様の顔に泥を塗るようなものだと思うんです。

もちろん人間ですから失敗はあります。

ですが、軽はずみで不倫に至ったりはしないと思うんです。

脱線しないための教義であり、教会であり、神との関係ではないでしょうか?

特に、目立った立場にある人が自分の宗教的な立場を明らかにしているなら、それはその教えという看板を背負って生きているのと同じです。

責められるようなことがあれば、それはその宗教の評判にかかわりますよね。

斉藤由貴さんの今後の展開が気になります。

 

関連記事:

斉藤由貴の不倫会見、白髪が目立つ?ワンピースのブランドはどこ

斉藤由貴が通うモルモン教会は横浜?入信のきっかけは

※最後までご覧いただきありがとうございます!

<スポンサーリンク>

コチラの記事も読まれています

コメントを残す