セウォル号沈没事故 高校生の生存者は骨折してた?船長裁判と船内の様子

ウォル号沈没事故から早3年が経とうとしています。

船体がようやく引き揚げに向かっているようですが、巨大な構造物であることと、潮流が速い海底での作業ということで、一筋縄ではいかないようです。

時間とともに、事故の詳細が風化する可能性がありますね。

事故当時、修学旅行の高校生が300人以上乗船していましたが、彼らが骨折してたという情報もあるようです。

さらにはすでに船長や関係者には判決が出されていますが、その船長裁判の様子や事故当時の船内の様子について調べてみましょう。

<スポンサーリンク>

セウォル号沈没事件の概要

事故から3年ということで、まだ記憶に新しいところではあります。

事故が起きたのが3年前の2014年4月16日。

韓国の「セウォル号」が、全羅南道珍島郡の観梅島(クヮンメド)沖海上で転覆・沈没しました。

乗員乗客合わせて476人中295人が亡くなられ、生存者は172人、未だ9人が行方不明となっています。

事故当時の船長、船員の対応の悪さも話題になっていましたね。

生存した修学旅行の高校生が骨折?事故当時の船内の様子

生存者の高校生の中に、骨折した方がいないか調べてみましたが、どうも生存者ではなく、残念ながらお亡くなりになった方の情報のようです。

事故数日後、救助チームが船内を捜索したところ、客室から見つかった、亡くなった方々の多くは骨折した状態だったそうです。

船から脱出するのに必死だった故と思われます。

ウォールストリート・ジャーナル誌には、生還したパク・ジュンヒョク君の記事が載せられています。

リンク⇒救出された高校生が語る脱出劇

詳しくは誌に譲りますが、小さい女の子を救助隊に助けてもらうために協力しているうちに、パク・ジュンヒョク君は自分の逃げ場がなくなってしまったそうです。

濁って視界の効かない中、手探りで見つけた隙間をたどっていった先が運よく外の海で、無事救助されたということです。

もし反対側に向かって潜っていたかと思うと・・・ぞっとしますね!

<本文↓↓↓下に続く>
<スポンサーリンク>

船長裁判の様子と判決

乗客の避難誘導が適切に行われなかったなどの理由で、船長を含む乗組員15人が起訴されました。

先ほどのパク・ジュンヒョク君も語っていますが、「船室で待機せよ」との船内放送が流れたため、客室で待機している間に船が傾き、逃げ場を失った人が多かったそうです。

イ・ジュンソク船長は、乗客に救命胴衣の着用は要請したものの、その場で待機するように指示を出します。

30分後ようやく避難指示を出します。

指示を出したとき、実は船長や船員たちは非難しやすい通路で待機しており、救命ボートが到着すると、乗客の救助を怠り”我先に”ボートに乗り込んだとか。

その際、すぐそばには生徒たちが待機している客室があったにもかかわらず、声を掛けず、なおかつ倒れていた調理師を見捨てたという情報もあります。

 

船長は救助される際に、搭乗者名簿には身分を偽って「一般人」と申告し、身分がばれないためでしょうか、ズボンを脱ぎ捨てていたそうです。

 

救助された病院では、水で濡れた紙幣を床暖房「オンドル」で乾かしている姿も目撃されています。

本来は、真っ先に乗客を助けなければならない船長が、よりによって我先にボートに飛び乗り、身分を偽り、残されて犠牲になっているかもしれない方をよそに、自分は紙幣を乾かして平然としている・・・

事件の詳細は憶えていないかもしれませんが、当時この報道を見て、「ちょっと信じられない!」と思ったのは記憶にあるのではないでしょうか。

 

船長の裁判では、「頭のいい人間は生き残った」と発言し、反省するどころか自らの行動を正当化、遺族からは「うちの子がばかだから死んだというのか」と非難の声が上がっています。

そして、乗客の救助は自分たち乗員ではなく、海洋警察の仕事だと主張します。

「自分は指示に従って避難しただけだ」と述べ、それゆえ「過失以上の責任を問うのは不当」との意見を明らかにします。

同じ血の通った人間とは思えない行動、発言の連発ですね。

出された判決は「懲役36年」の懲役刑が確定します。

求刑よりも軽いので、”これでいいのか?”と世論が沸き立ちます。

船長の行動は不適切ではあるものの、乗客を放置したら危険だという認識があったかどうかという”未必の故意”が証明できないからだそうです。

司法の限界を感じた方も多いと思います。

生き残った高校生たちのその後

生存した高校生たちはその後どんな思いで過ごしたのでしょうか。

これは、ネットで話題になった、事故の被害に遭った生徒さんたちの卒業アルバムの写真と言われています。

画像⇒被害を受けた生徒さんたちの卒業アルバム

見るだけで胸が痛くなりますね。

もしかしたら卒業アルバムではない可能性もありますが、いずれにせよ、被害を受けたクラス写真であることには違いないと思います。

こちらは、クラスの机の写真

画像⇒クラス写真

花が添えられているのが、亡くなった、または行方不明の生徒さんたちの机だそうです。

 

事故後の一年間どんな思いを抱いて学校生活を過ごしていたのでしょうか。

本当は楽しくて、キラキラした、一番いい時代なのに・・・

 

こういった写真を見ても、船長は「やることはやった」と胸を張って言えるのでしょうか?

まとめ

  • なくなった方に骨折が多くみられた
  • 船長裁判の判決は懲役36年
  • だけど反省の色なし
  • 多くの人が生き残るため必死だった
  • 自らを犠牲にして女の子を助けた高校生がいた

いよいよ来月には沈没していた船体が引き揚げられる予定ですが、事件の全容がより一層明らかになり、遺族の方が少しでも健やかに過ごされることを祈っています。

 

関連記事:

セウォル号の引き揚げが2017に!日本の技術力では不足?方法や過去例

 

セウォル号の犠牲者、行方不明者の人数 先生の残された遺書

 

セウォル号 2017年現在の様子 、 引き揚げで行方不明者捜索か?

 

セウォル号2017現在と,体育館を占拠し韓国でもドン引きの遺族の行動

※最後までご覧いただきありがとうございます!

<スポンサーリンク>

コチラの記事も読まれています

コメントを残す