親友のオスーと学校以外で遊ばなかったのは家庭の宗教的理由ーでもけっこういい加減で矛盾だらけという話

チョコ
こんにちはー!くりぞうです。

束縛する、されるのも愛だと思ってる人もいるかもしれません。あなたは縛られるのは好きですか?縛られると言っても緊縛とかではないですよw

どちらかというと精神的、心理的に束縛される、制限されるということ。

以前書いた通り、私には同級生にオスーという親友がいました。図工でシーラカンスの作品がコンクールで入賞してモヤモヤしたという感想。

運動会や体育の授業などでは必ずと言っていいほどオスーとペアを組んでいました。

ところが、私は学校以外ではオスーとは遊んだことがありません。家がちょっと離れてたというのもありますが、主な理由は私の家庭の宗教的な事情によるもの。

この記事では、

  • 信者以外と親しくなってはいけない
  • 厳しいようで矛盾だらけ

というポイントについて書いています。私は現在この宗教を辞めています。子供の頃は宗教が中心の生活でした。その中でも「友達付き合い」という部分にだけ今回はフォーカスしています。

今思えば友達を制限されるのは精神的成長に悪影響だなと思います。この記事を読んでためになったと感じる部分はないかもですが、こんな家庭で窮屈に生きてきた子供もいるんだなと知ってもらえたら嬉しいので読んで下さいまし。

神様を愛していない、信者でない子供と親しくなっちゃいけないというのは緊張しますね。最後に癒しの動物の動画でも観てリラックスしましょうw

信者以外の人と親しくなっちゃいけない?

私の親が行っていた宗教は、信者ではない人と親しくなることをできるだけ避けるように教えていました。そしてそれは子供であっても例外ではありません。

「お友達と仲良くしちゃいけないなんて教える宗教なんてあるのか?」と思われたかもしれませんね!普通はそう思います。いろんな子供と仲良くなって友達になろうって勧めますよね。

この過去記事の通り、私にはオスーという親友がいました。

ではなぜ、信者ではない人と親しくなってはいけないのか?子供であってもそれを守る必要があるのか。

それは、この宗教が教えを中心とした生き方を求めており信者ではない人と必要以上に関わるならばその決意や習慣が徐々に失われ、やがて信仰を捨ててしまうかもしれないと怖れているからです。

例えば、私が親友のオスーともっと親しくなったとしましょう。宗教では神様とその教えを最優先する生き方をしなさいと教えます。ところがオスーはそんなことはお構いなし。親しくなるにつれて神様を二の次にした生き方、考え方に子供の頃の私は影響されるかもしれません。

そうなっては困るので、信者ではない人と過度に親しくならない様に指導しているのです。

厳しいようで矛盾だらけだった

ですが、うちの両親が宗教の教えを完全に守っていたかと言えばそうではありませんでした。”良心的”とは聞こえはいいですが、独自の判断で決めることを優先して厳密には守っていないことも多々ありました。

宗教では、暴力的なアニメ、漫画、映画などはふさわしくない娯楽として避けるよう指導されていました。ですが、どこまでが暴力的でどこまでがそうではないのかなんて厳密に分けられるものでもないのでは?

うちではスーパーマンとか宇宙戦艦ヤマトとかカンフー映画などけっこう観ていましたwハッキリ言って暴力的な娯楽ではないでしょうか。

ですが、そのことが他の信者にバレるとショックを与えてしまうかもしれないので内緒でこっそりという感じ。子供ですからそういう番組を見ればカッコいいなと思って真似したくなるじゃないですか?例えばカンフー。すると親に怒られます。「マネするんだったらもう見せないぞ!」と。

本当は見てはいけないものだがコッソリ観てる、でもって子供が真似すれば「やめろ!もう見せないぞ」と脅す。これってその宗教の趣旨に合ってると思いますか?

なのでこの宗教は戒律が厳しい反面、信者によって基準が矛盾しているところが出てきます。

現に、私はオスーとは学校でしか遊びませんでしたが家に帰ってくれば信者ではない近所の友人である西君やヒデ君と遊んでいました。西君もヒデ君も信者ではありませんでした。なぜ彼らは良くてオスーはダメなんでしょうか?

親にそうしろと言われたのではなく、教えられたことを元に考えたらそうなっていったという感じです。遊ぶなとは言われませんがそれがあまり好ましくないという空気は子供にも伝わります。私はいい子ちゃんだったのでw親の教えをなるべく守っていました。

え、それってどんな宗教?と思われたかもしれません。詳しく知りたい方はこのマンガを読むとサクッと理解できると思います。

よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話 (ヤングマガジンコミックス)

 

まとめ

「朱に染まれば赤くなる」ということわざの通り、親しくなる人からは大小さまざまな影響を受けます。暴力的だったり万引きするような子供と一緒にいれば影響されないかと心配するのは当然でしょう。

ですが、宗教の信者ではない子供とできるだけ親しくなってはいけないというのはいささかやり過ぎではないでしょうか。信者の子供を悪影響から守るというよりは、この宗教の教えが異常だということがバレては困るので束縛しているようにしか思えません。

宗教は、人々を正しい方向へと導き、支えとなるはずなのに、かえって信者やその子供たちを過度に束縛するのはいかがなものかと思います。それって、真実の愛とただ単に束縛する愛との違いと似てると思います。

ということで、リラックスするためにも癒しの動物の動画でも観ましょう^^

なんと飼い主さんと会話できるインコちゃんです。どこまでインコが理解しているかは不明ですが、会話が成立しているところがおもしろいですね!

インコちゃんは楽しくておしゃべりしているのかもしれませんが、宗教的に束縛され制限された子供たちは楽しくないけどそうせざるを得ません。その子たちから発せられる言葉は”訓練された”セリフであり本心ではありません。だってそうでしょう、学校のお友達と親しくなってはいけませんなんて誰が喜んでしたいですか?

親が好きでやる分にはいいかもしれませんが、親の保護下にある子供たちは選択の自由がありませんからこういう状況が改善されることを願います。

※最後までご覧いただきありがとうございます!

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